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新潟地方裁判所 昭和43年(行ウ)1号〔1〕 判決

新潟市沼垂東五丁目三番五号

原告

貝津実

右訴訟代理人弁護士

中村洋二郎

中村周而

工藤和雄

新潟市営所通り二番町六九二の五

被告

新潟税務署長

高畑甲子雄

右指定代理人

都築弘

荒井一夫

吉岡栄三郎

外川利徳

関秀司

渥美正弘

中村登

神林輝夫

主文

被告が原告の昭和四〇年分所得税について昭和四一年九月七日付でした賦課決定および無申告加算税賦課決定のうち、所得金額が金一八四万二一一三円を超える部分に関する部分はいずれもこれを取り消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告の昭和四〇年分所得税について昭和四一年九月七日付でした賦課決定および無申告加算税賦課決定(以下「本件課税処分」という。)はいずれもこれを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の職旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は昭和四〇年分所得税の確定申告をしなかったところ、被告は昭和四一年九月七日付で原告の事業所得金額を金二〇二万九一五八円、所得税額を三六万六七三〇円とする賦課決定および無申告加算税額を金三万六六〇〇円とする賦課決定(本件課税処分)をし、その通知書はそのころ原告に送達された。

2  ところで、原告は肩書住居地で貨物運送業および青果物販売業を営んでいるところ、昭和三九年の、いわゆる新潟地震により家屋が全壊するなど多大の被害を受け、その年は免税とされたが、翌四〇年もその影響が続いていて事業は思わしくなく、課税の対象となるほどの所得はなかったのである。にもかかわらず、本件課税処分は昭和四〇年中に原告に前記のような所得があったとしてされたものであるから違法である。のみならず、本件課税処分に先立ち、新潟税務署においては、原告について税務調査を実施しているが、この税務調査は原告が新潟民主商工会の会員であることに着目し、民主商工会の組織、活動を弾圧するためその一環としておこなわれたものであり、「結社の自由」を侵害し憲法二一条に違反する。本件課税処分はこのような違法な税務調査によって得られた資料に基づく推計課税であって、このような場合には、課税処分そのものも違法となるというべきである。

よって、原告は被告に対し本件課税処分の取消しを求める。

二  被告の答弁

(原告の請求原因に対する認否)

1 請求原因第1項の事実は認める。

2 同第2項は争う。

新潟税務署が原告について税務調査を実施したのは、(1)原告は昭和三八年ごろから貨物運送業を営んでいるが、税務署としてはそれまで一度も実地調査をしていなかったこと、(2)原告の貨物自動車の保有台数は開業当時一台であったのが昭和四〇年には三台に増輌されるなど営業規模が拡大したこと、(3)昭和三九年の、いわゆる新潟地震に伴う災害復旧工事のため、昭和四〇年当時、貨物運送業は一般に活況を呈していると認められるのに、原告からの確定申告がなかったことによるものであり、原告が新潟民主商工会の会員だからではない。また、本件においては、原告に課税処分によって認定された所得があったかどうかが問題なのであって、税務署が原告を税務調査の対象者とするに当り原告が新潟民主商工会の会員であることを考慮したかどうかは本件課税処分とは無関係の事柄である。

(被告の主張)

1 原告は肩書住居地において貨物運送業および青果物販売業を営んでいる、いわゆる白色申告者であるが、昭和四〇年分の事業所得について納税申告書を提出しなかった。そこで、所轄の新潟税務署では原告について税務調査を実施することとし、昭和四一年八月二日午前一〇時ごろ、所部係官が原告方に臨場したが、原告は不在で面会できず、係官は原告の妻ヨシノに面接して説明を聴き、調査をおこなった。この調査の結果判明したのは、(1)原告の家族数は五人であること、(2)貨物運送業については、原告は新潟陸運局の許可を得ないで営業をしていること、(3)青果物販売業は店舗販売のみであって、引売りはなく、また雇人はいないこと、(4)青果物の仕入先は近郷および朝市場であり、一日平均の仕入高は金六〇〇円、売上高は金八〇〇〇円であること、などである。また右調査の際、係官は帳簿書類の提示を求めたが、ヨシノは二、三冊あった雑記帳のうち一冊のみ提示し、残余の提示を拒絶した。そのうえ、提示された雑記帳も青果物販売業の掛売りの相手方、品目、数量および金額等を書き留めたものであって、原告の所得金額の把握には何の役にも立たないものであった。

そこで、所部係官は翌三日午前一〇時ごろ、再度、原告方に臨場して原告に面接し、営業に関する帳簿書類の提示を求めたが、原告らは実額所得算定の基礎となるべき収支を明らかにする帳簿書類の提示はなかった。そのため所部係官は止むなく原告に対して聴取りによる調査をおこない、その結果、(1)雇人費について、雇人の氏名、雇用期間、住込み・通勤の別、給与支払額ならびに住込雇人の食費額およびこれを原告が負担していること、(2)支払利息について、資金の借入先、元本、借入期間、支払利息ならびに割引手形および割引料などが判明した。

以上のような次第のため所部係官は一方で原告の貨物運送業の取引先について調査を行い、その結果、原告の係争年分の貨物運送業による収入金額が判明したが、以上の調査によって得られた資料だけからでは原告の所得金額を実額で算定することはとうてい不可能なので、被告はこれらの調査資料をもとにして推計により原告の所得金額を算定したものである。

2 被告の推計による原告の係争年分の事業所得金額は次のとおりである。

〈省略〉

ただし、青果物販売にかかる期首と期末の商品棚卸高を明らかにする資料がないので、これを同額とした。また、各科目の明細ないし算定方法は次のとおりである。

(一) 収入(売上)金額

(1) 貨物運送業関係

〈省略〉

(2) 青果物販売業関係

前期のとおり、原告の妻ヨシノとの面接による調査によって判明した一日の平均売上高金八〇〇〇円をもとにし、一か月の平均開店日数を二五日として次のとおり算定した。

8,000円×25日×12ケ月=2,400,000円

(二) 販売原価および一般経費

収入(売上)金額に原告と事業規模が類似すると認められる新潟市内の同業者の売上高に対する販売原価および一般経費の割合(以下「経費率」という。その算出方法は後記。)を乗じて次のとおり算定した。

(1) 貨物運送業関係

9,408,355円×経費率(1-0,4864)=4,832,132円

(2) 青果物販売業関係

2,400,000円×2,400,000円×経費率(1-0,1674)=1,998,240円

(三) 特別経費

(雇用費)

原告との面接による調査によって判明した昭和四〇年一月から同年一二月までの支給額の合計額金二五〇万一〇〇〇円。

(支払利息および割引料)

原告の取引先である金融機関について調査した結果判明した次の金額。

〈省略〉

(四) 雑収入

原告は昭和三九年三月二三日、新潟県信用組合から手形貸付の方法で金三四万円を、支払期日同年六月一四日、利息日歩金三銭二厘、遅延損害金日歩金五銭の約定で借り受けた。そして、右借受金は昭和四〇年一一月一五日までの間に前後九回にわたって分割して支払われ、完済となったが、その間に生じた遅延損害金八万四五九九円のうち、原告は前後二回にわたって計金三万二〇〇〇円を支払ったのみであり、右信用組合は昭和四〇年一一月一五日、元金が完済となった際、残金の金五万二五九九円について債権放棄をした。これは原告にとっては債務免除益となるわけであるから雑収入として算定した。

以上のとおり、原告の係争年分の総所得金額は金二四二万七九〇六円であり、本件課税処分においてはそれより少ない金二〇二万九一五八円を原告の総所得金額と認定したのであるから、本件課税処分は適法である。

3 ところで、販売原価および一般経費を算定するに当りその収入(売上)金額に対する割合(経費率)を、貨物運送業につき、五一・三六パーセント、青果物販売業につき八三・二六パーセントとしたことは前記のとおりであるが、計算根拠は次のとおりである。

(一) 貨物運送業関係

(1) 基礎係数の抽出

新潟市内において、原告と同種、同規模の事業を営んでいる者(青色申告をおこなっている個人および法人ならびに白色申告者である個人)を対象とし、〈1〉昭和四〇年中において事業を継続している者、なお、法人については同年一月一日から一二月三一日までの期間において概ね六か月以上の期間にわたって該当するもの、ただし、年の中途において転業しもしくは業態を変更した者を除く、〈2〉青色申告をおこなっている者および白色申告者で、収支実額の調査の結果、申告是認、修正申告是認および更正または決定をおこなったもの(ただし、国税通則法の規定に基づく不服申告期間および出訴期間を経過していないもの、ならびに当該処分に対して不服申立てがあり現在審理中のもの、または訴訟係属中のものを除く)、〈3〉収入(売上)金額が原告のそれの約〇・五倍(金四七〇万円)以上、約二倍(金一八八〇万円)以下である者、以上の条件を満たす者を抽出した。これによって抽出されたものは三件であり、その係数は次のとおりである。

〈省略〉

なお、右係数の算出に当っては、法人の所得についてはこれを個人所得に換算するため、法人の経理上一般経費に含まれているところの租税公課のうちの法人税、県民税、市町村民税、役員報酬、給料賃金および建物減価償却費等を特別経費に振り替え、一般経費から除外した。また、個人の減価償却については、その方法を選定しなかった場合には定額法によることと規定されている(所得税法第四九条第一項かっこ書き、同法施行令第一二五条)ので、定率法で計算されたものは定額法に換算した。

(2) 算定所得率の平均値を求める計算

前記係数中には例外的数値が含まれる可能性があるので、これを除外するため統計学上一般に認められている標準偏差から限界値を求める方法により、直の平均値を求めるのに有効な係数の上限および下限を求めると、上限値は五四・〇三二パーセント、下限値は四三・二六〇パーセントであり、前記三件の係数はいずれも限界値内にあるため、これらの算術平均値四八・六四六パーセントをもって平均算出所得率とした。

なお、標準偏差および限界値(上限・下限)の計算方法は次のとおりである。

標準偏差は基礎係数と算術平均との偏差を自乗したもの(負数を消却するため)を算術平均して得た値の平方根であるから次のとおり三・五九〇七となる。

〈省略〉

〈省略〉

限界値は標準偏差に統計学上一般に広く用いられている倍数一・五を乗ずることによって(これにより集団値の九三・三パーセントを包含することになる。)求められ、前記基礎係数の算術平均にこれを加減することによってその上限と下限が算出される。すなわち、

限界値=3.5907×1.5=5.3860

上限値=48.646+5.386=54.032

下限値=48.646+5.386=43.260

(3) 経費率の計算

算出所得金額(特別経費控除前の所得金額)は収入(売上)金額から販売原価および一般経費を控除した金額であるから、経費率は一から平均算出所得率〇・四八六四六(四八・六四六パーセント)を差し引いた〇・五一三五四(五一・三五四パーセント)である。

(二) 青果物販売業関係

(1) 基礎係数の抽出

新潟市内において、原告と同種、同規模の事業を営んでいる個人を対象として、前記貨物運送業における抽出条件〈1〉〈2〉のほか、収入(売上)金額が原告のそれの〇・五倍(金一二〇万円)以上、二倍(金四八〇万円)以下の条件を満たす者を抽出した。これによって抽出されたのは四件であり、その係数は次のとおりである。

〈省略〉

(2) 算出所得率の平均値を求める計算

前記の貨物運送業における同様の方法により、真の平均値を求めるのに有効な係数の上限および下限を求めると、上限値は二二・四二五パーセント、下限値は一三・九八八パーセントであるから前記同業者Dの算出所得率二二・六〇パーセントは例外的数値として除外し、同業者A、B、Cの算出所得率の算出平均値一六・七四パーセントをもって平均算出所得率とした。

なお、標準偏差および限界値(上限、下限)の計算方法は次のとおりである。

〈省略〉

〈省略〉

限界値=2.8126×1.5=4.2189

上限値=18.207+4.2189=22.425

下限値=18.207-4.2189=13.988

(3) 経費率の計算

貨物運送業におけると同様、経費率は一から平均算出所得率〇・一六七四(一六・七四パーセント)を差し引いた〇・八三二六(八三・二六パーセント)である。

三  原告の反論

1  被告の主張第1項の事実のうち、昭和四一年八月二日、新潟税務署所部係官による税務調査があったこと、その結果判明したという被告主張の(1)ないし(3)の事実、および翌三日、再度、所部係官が原告方を訪れ、原告と面接したことは認めるが、右被告主張の(4)の事実は否認する。

原告の青果物販売業の仕入先は近郷および朝市場であるが、年間を通じてその一日の仕入金額は平均三五〇〇円前後であり、時にはそれを下回り、あるいは全く仕入れないこともある。原告の妻ヨシノが、所部係官と面接した際、一日平均の売上金額が金七〇〇〇円ないし金八〇〇〇円であるといったのは、七、八月の最盛期のことをいったもので、その際、ヨシノは続けて年間を通じての一日の平均売上金額は金四〇〇〇円ぐらいであると申し立てている。とくに、当時は新潟地震の直後のことであり、原告は地震で営業施設のほとんどを失い、冷凍ケースや牛乳、ジュース等の保管ケースもなかったのであるから、例年に比べ売上げの方も著しく低下していた。

右の面接の際、ヨシノは所部係官から帳簿書類の提示を求められ、関係帳簿二冊を差し出している。このときヨシノが所部係官に提示しなかった雑記帳一冊は営業に全く関係のないことが記載されていたものであって、ヨシノがことさらに営業に関する記録の提示を拒否したものではない。また、原告が所部係官と面接した際、原告は所部係官の要求に応じて、再度右関係帳簿二冊を提示した。当時、原告の営業に関し存在していた帳簿書類はこれのみであり、原告が帳簿書類の提示を拒んだ事実はない。

ところで、推計による所得金額の算定は、(1)納税義務者が収支を明らかにする帳簿書類を備えていないとか、(2)帳簿書類の記載が不正確であるとか、(3)納税義務者が調査に協力しないなどのため実額が把握できない場合に限り許されるものである。ところが、本件においては、前述のとおり、原告はその営業に関し帳簿類を備え付けており、所部係官の求めに応じてこれを提示しているのであって、所部係官が原告に対し誠意をもって税務調査を実施していれば、実額による所得金額の把握も可能であったのであるから推計による所得金額の算定が許される場合には当らない。

2  同第2項の事実のうち、係争年分の原告の貨物運送業による収入(売上)金額ならびに支払利息および割引料がいずれも被告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

原告の昭和四〇年当時の青果物販売業による収入(売上)金額は夏場の最盛期で一日平均金七〇〇〇円ないし金八〇〇〇円であるが、冬期間のそれは金一五〇〇円程度に過ぎず、年間を通じると一日平均収入(売上)金額は金四〇〇〇円である。したがって、年間のそれは次のとおり金一二〇万円である。

4,000円×25日×12か月=1,200,000円

また、当時、原告はフォークリフトなどの設備のない三台のトラックで木材の運搬作業をしていたのであり、その積卸しには少なくとも一台に三名、三台で一〇名の作業員が必要であった。その雇人費は給料一か月計二五万円、盆、暮に各一か月分のボーナスをみて、次のとおり年間金三五〇万円である。

250,000円×14か月=3,500,000円

ほかに原告は新潟地震で被害を蒙ったため、(1)昭和三七年四月に金八〇万円で購入した五トン貨物自動車を、昭和四〇年二月に金一〇万円で、(2)昭和三八年五月に金一〇〇万円で購入した六トン貨物自動車を、昭和四〇年三月に金一〇万円で、それぞれ売却した。このうち、(2)の貨物自動車の簿価は次のとおり金四五万円であり、売却によりその価格金一〇万円との差額金三五万円の譲渡損が生じている。

〈省略〉

簿価=購入価格1,000,000円-償却費550,000円=450,000円

3  同第3項は争う。

被告は、その主張の経費率を算定するに当り基礎係数を得るために抽出した「同業者」を「A、B、C……」とのみ表示し、その氏名を明らかにしていない。そのため原告はこれらの同業者と原告との営業上の条件の違いを指摘して防御・反論する訴訟上の手段を奪われており、このような被告の態度は明らかに不当である。特に原告の貨物運送業においては、フォークリフトシャベルなどの設備がないため木材の積卸しにはその代用としてトラックのシャフトにワイヤーをつなぎ、一人が運転台に、一人が荷台に、一人ないし二人が地上で作業するという原始的方法をとっているため人手が多くかかるとともにガソリンの消費量も多量となり、そのほかワイヤー、シャフトなどの故障などもあって経費は普通の業者よりも多額にのぼっている。したがって、被告が抽出した「同業者」と原告とではその営業上の条件が異なっていることは十分考えられるところであり、しかも右同業者中には個人事業者ばかりでなく法人も含まれているというのであり、その数もたった三件であるところからすれば、その経費率の算術平均を原告に当てはめるのは容易に過ぎるというべきである。

所得税法第一五六条は課税庁に恣意的で、不正確な所得の認定を許しているのではないのであって、推計により算定された所得金額はできるだけ実額に近似した精度の高いものでなければならず、推計の方法は合理的で社会通念上納得のできるものであることを要する。この点で推計課税が妥当性のあるものとして是認されるためには、第一に、推計の基礎事実が確実に把握されていること(推計基礎の確実性)、第二に、その推計方法が具体的事案に適用し、所得金額を推計する方法として最も適したものであること(推計方法の最適性)、第三に、その推計方法はできるだけ真実の所得金額に近似した数額を把握することができるような客観的なものであること(推計方法の客観性)、以上の三つの要件が具備されていなければならない。ところが、原告について被告がおこなった推計課税は極めて杜撰な資料に基づくものであるのみならず、原告の営業上の特殊事情を全く顧慮しないものであって、以上のいずれの要件をも具備しているとはいえない。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第七号証、第八、第九号証の各一ないし四、第一〇ないし第二二号証。

2  証人根本修一の証言および原告本人尋問の結果。

3  乙号各証の成立は不知。

二  被告

1  乙第一ないし第七号証、第八号証の一、二、第九ないし第一三号証、第一四号証の一、二、第一五号証。

2  証人下妻信行、同阿部政弘、同猪浦芳夫、同八木孝次、同神林輝夫の各証言。

3  甲第八号証の一ないし四、第一〇号証、第二二号証の成立は不知。その余の甲号各証の成立は認める。

理由

一  請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、被告の主張の当否について判断する。

1  実額による所得金額算定の可否(推計の必要性)

原告が貨物運送業および青果物販売業を営んでいることは原告の明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなすべきところ、原告本人尋問の結果によれば、原告は、貨物運送業については昭和四〇年分の営業収入、必要経費等に関する帳簿の類は一切作成しておらず、その原始書類も保存していないこと、また青果販売業については商品を掛売りした場合にその相手方と売掛金額を書き留めておく程度の雑記帳を備えているだけであって、仕入れや売上げに関する帳簿類の作成はもとよりその原始書類の保存もしていないこと、が認められる。これによれば、本件においては、仮に税務署係官が税務調査について原告の十分な理解を得、その協力のもとに細密な調査をおこなったとしても原告の所得金額を実額で把握することはとうてい不可能であったということができ、したがって、原告の昭和四〇年分の所得金額は推計の方法により算定するほかなく、被告がこれによったことは違法とはいえない。

2  推計による所得金額の算定(推計の合理性)

(一)  収入(売上)金額

まず、貨物運送業の関係では、原告は自動車で特定の荷主の一定種類の物品を継続して運搬する、いわゆる特定貨物運送業者であって、実際には主として株式会社瀬賀商店、株式会社尻江商店および菊地建材株式会社の委託に基づき木材の運搬をしていたものであることは証人八木孝次の証言および原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨に照らして明らかであるところ、原告の昭和四〇年分の右各会社からの運送賃収入は、株式会社瀬賀商店関係金三六一万〇四七三円、株式会社尻江商店関係金五七〇万三五〇〇円、菊地建材株式会社関係金九万四三八二円、計金九四〇万八三五五円であることは当事者間に争いがない。

次に青果物販売業については、証人下妻信行の証言によれば、本件課税処分に先立ち、新潟税務署の係官である同証人は昭和四一年八月上旬ごろ、税務調査のため原告方に臨場したこと、その際、原告は留守で面会できなかったが、同証人は原告の妻ヨシノに面接し、調査をおこなったこと、この調査において、ヨシノは同証人の質問に答えて、原告の青果物販売業の一日平均の仕入高は金六〇〇〇円程度、売上高は金八〇〇〇円程度、と述べたことが認められる(また、証人猪浦芳夫の証言によれば、本件課税処分に対し原告から審査請求があったので、請求の理由を明らかにしその裏付けとなる資料の提示を求めるため、関東信越国税局の係官であった同証人は昭和四二年六月、原告方に臨場したこと、その際も原告は不在であったが、同証人に面接した原告の妻ヨシノは同証人に対し、原告の青果物販売業における一日平均の仕入高および売上高につき、このときも先に下妻係官に対してしたと同趣旨の陳述をしたこと、が認められる。)。しかしながら、原告本人尋問の結果によれば、原告の青果物販売業は、実際にはその仕入れ、販売のすべてについて原告の妻ヨシノがひとりで取り仕切っていて、原告は営業にほとんど関与しておらず、その仕入高等についても十分な知識をもっていなかったこと、そこで、原告は本件課税処分のあと、ヨシノに対し改めて青果物販売業における一日平均の仕入高、売上高等について問い質してみたこと、ところで、原告の青果物販売業は、夏場の青果物の最盛期と冬場とでは、その売上高に大きな開きがあるところ、ヨシノは原告の問に答え、七、八月の最盛期には一日平均の売上高は金七〇〇〇円ないし金八〇〇〇円になるが、冬場は金一〇〇〇円ないし金一五〇〇円しかなく、年間を通じると、金三〇〇〇円ないし金四〇〇〇円ぐらいであると述べたこと(なお、ヨシノは本訴の係属中である昭和五二年六月一四日死亡した。)、が認められる。もっとも、証人下妻信行、同猪浦芳夫の各証言中には、ヨシノが右証人に対して述べた仕入高および売上高はもとより年間を通じてのことである旨の供述部分があるけれども、これらの証言中には、ヨシノに面接した際、右各証人が同人に対し、それぞれ、原告の青果物販売業においては、季節によりその売上高等に差異があるのかどうか、あるとすればそれはどの程度のものなのか、同人が右各証人らの質問に応じて明かした一日平均の売上高等は年間を通じてのものなのかどうか、などの点について重ねて具体的な問を発し、確認を求めるなどをした形跡は全く見られない。のみならず、前認定のとおり、原告の青果物販売業においては季節によりその売上高に大きな開きがあることからすれば、税務当局係官の突然の来訪を受けたヨシノがその質問に応じて即座に年間を通じての一日平均の売上高等を正確に答えられるものかどうか疑問がないわけではないし、下妻、猪浦の各係官が原告方に臨場したのが前認定のとおりいずれも青果物の最盛期であることを考えると、ヨシノは右各係官の来訪を受けた当時の一日平均の売上高等をもってその質問に答えた可能性も強ち否定できないところである。してみると、ヨシノが下妻、猪浦の各係官に対して述べた原告の青果物販売業における一日平均の仕入高および売上高は年間を通じてのものなのかどうかの点に疑問があり、これが年間を通じてのものとして正確性を有するとは認めがたい。

ところで、推計により所得金額を算定する場合には、その計算の基礎となる資料は正確なものであることを要し、正確性を有しない資料に基づく推計は違法であると解されるところ、本件においては、被告は、下妻係官による税務調査の際における原告の妻ヨシノの同係官に対する前認定の陳述内容をもとにして原告の青果物販売業における年間の収入(売上)金額を算定し、これからその所得金額を推計したことはその主張に徴して明らかである。しかしながら、前述したとおり、ヨシノの右陳述内容は正確性を有するとはいい得ないものであるから、被告がした右所得金額の推計は正確性を有しない資料をもとにしたものとして違法であるといわなければならない(なお、ヨシノの右陳述内容が正確性を有しないものとすれば、同人が原告に対してした前認定の陳述内容をもとにして原告の青果物販売業における年間の収入(売上)金額を算定することは可能であるが、本件においては、この場合に適用すべき同業者の平均経費率が証拠上明らかではないので、これから所得金額を推計することは不可能である。)。

(二)  一般経費

本件においては、原告の貨物運送業における昭和四〇年分の収入(売上)金額を実額で把握できることは前述したとおりであり、このような場合には、右収入(売上)金額に同業者の平均経費率を乗じてこれを挙げるのに要した経費額を算出し、右収入(売上)金額からこれを差し引いて所得金額を推計するのが合理的な方法であると考えられるところ、証人八木孝次の証言およびいずれもこれにより真正に成立したと認められる乙第七号証、第八号証の一、二によれば、原告の住居地を管轄区域に持つ新潟税務署が保管している、個人事業者については納税者の住所・氏名、業種、申告所得金額等が記録されている「所得調査カード」および税務調査の結果が記載されている調査書綴を、法人についてはその名称、事業所の所在地、業種、申告所得金額等が記録されている「税歴表」および税務調査の結果が記載されている決議書綴を、それぞれもとにして、新潟市内で特定貨物運送業を専業に営む個人事業者および法人のうち、(1)昭和四〇年中において事業を継続し、その期間の中途において転業または業態の変更等のないもの、(2)収支実額の調査の結果、申告是認、修正申告是認および更正または決定をおこなったもの(ただし、国税通則法の規定に基づく不服申立期間を経過していないもの、ならびに当該処分に対して不服申立てがあり現在審理中のもの、または訴訟係属中のものを除く。)、(3)収入(売上)金額が原告のそれの約〇・五倍(金四七〇万円)以上、約二倍(金一八八〇万円)以下であるもの、以上の条件を充足するものを抽出すると、次のA、B、Cの三者が挙げられ、それぞれの収入金額、算出所得金額(特別経費控除前の所得金額)および算出所得率は、

〈省略〉

であること、が認められる。これによれば、右A、B、Cの三者はその業種、事業規模(収入金額)、立地条件等において原告と近似しており、原告の同業者と目することができる。そして、右三者の算出所得率の算術平均四八・六四六パーセントは統計学上一般に是認されている被告主張のような手法による吟味にも耐え得ることは計算上明らかであり、同業者の算出所得率の真の平均値として是認し得るものというべきである。

もっとも、右のような同業者の平均算出所得率の算出方法には原告が指摘するような問題点がないわけではない。まず、その第一は平均算出所得率算出の基礎となった同業者の数が三件であって、その数値が必ずしも多くはないことである。しかしながら、この点は原告と業種、事業規模(収入金額)、立地条件等において近似する事業者がほかに存しない以上、止むを得ないことであり、右平均算出所得率の算出方法の合理性を失わせるほどのものではないと考えられる。第二は原告は個人事業者であるのに、前示乙第八号証の一、二によれば、前記同業者A、B、CのうちAは個人事業者であるが、BCは法人であることが認められるのであって、この点で右平均算出所得率の算出方法は合理性を欠くことにはならないかということである。しかしながら、一般に原告のような比較的小規模な貨物運送事業においては、その事業型態が個人であるか法人であるかによって事業内容に実質上大きな差異があるとは考えられないし、法人組織で営まれている事業のなかには実質上はその代表者個人の事業であるものも少なくないことは公知の事実である。したがって、右平均算出所得率算出の基礎となった同業者中に法人が含まれていることはその算出方法の合理性を失わせるものではない。第三は右平均算出所得率算出の基礎となった同業者は証拠上A、B、Cとのみ表示されているだけであって、被告がその住所・氏名を開示しようとしないことである。そのため原告において反証を挙げて右A、B、Cの三者と原告との事業上の相違点を立証しようとしても、その立証活動には自ら限界があり、十分に目的を達し得るまでには至らないことは審理の経過に照らして明らかである。しかし、一方、この点については税務官庁の職員にはその職務上知り得た秘密を守るべき義務が課せられている(国家公務員法第一〇〇条、所得税法第二四三条)こととの関係で微妙な問題があり、被告が右同業者A、B、Cの住所・氏名の開示を拒むことにも止むを得ない一面のあることも否定できない。そして、本件においては、被告は右A、B、Cの三者が原告の同業者として抽出される過程を証拠によって明らかにしているのであり、前述のとおり、その過程に一応の合理性が認められる以上、被告が右A、B、C三者の住所・氏名を開示しないことを理由として、右平均算出所得率の算出方法が合理性を欠くものということはできない。第四は原告は、原告の貨物運送業においては、フォークリフト等の設備をそなえていないため積荷の積卸しに多くの人力を要するという特殊事情があると主張するところ、右平均算出所得率の算出方法においてはこのような特殊事情が顧慮されないということである。しかしながら、ある母体から一定の合理的基準に基づいて抽出された同業者の間においてもその営業条件を仔細に比較対照してみれば、必ずそれぞれに異なった事情が認められるのであり、とくに原告のような比較的小規模な事業においては、設備が不十分のためその事業の遂行の過程で多くの人力が使用されることは通常のことであって、ひとり原告にのみ特殊な事情とはいいきれない。したがって、このような、同業者間に通常存在すると考えられる営業条件上のさまざまな差異は平均率を算出する過程で間接的ながらその基礎資料のなかに包括して折り込まれるものとみることができるのであり、個々の場合にこれを顧慮しないことが平均率による所得金額等の推計方法を不合理なものとさせるものではない。

そうすると、右同業者A、B、Cの収入金額に対する一般経費の割合(経費率)の平均値は一からその平均算出所得率〇・四八六四六(四八・六四六パーセント)を差し引いた〇・五一三五四(五一・三五四パーセント)であることは計算上明らかであり、これを原告の貨物運送業における収入(売上)金額金九四〇万八三五五円に乗ずると、その一般経費額は金四八三万一五六六円となる。

(三)  特別経費

(1) 雇人費

証人下妻信行の証言とこれにより真正に成立したと認められる乙第一五号証によれば、本件課税処分に先立ち、新潟税務署の係官である同証人は昭和四一年八月上旬のある日、税務調査のため原告方に臨場したが、原告は不在で面会できなかったこと、そこで、同証人はその翌日、再度原告方に赴き、在宅していた原告に面接して調査をおこなったこと、その際、同証人は、原告がその経営する貨物運送業のために雇用している作業員等の氏名、雇入年月日、通勤・住込みの別、一か月の賃金額、実際の稼働月数、住込みの作業員等に対して現物支給している食費の額等について質問し、これに対する原告の応答を逐一記録したこと、そして、同証人はこれをもとにして原告の貨物運送業における昭和四〇年中の雇人費を計算し、集計した結果、その金額は金二六三万三〇〇〇円(食費として現物支給した分計金一三万二〇〇〇円を含む。)となったこと、が認められ、これによれば、原告の貨物運送業における昭和四〇年中の雇入費は右同額とみるのが相当である。これに反し原告本人尋問の結果中には、原告の貨物運送業における雇人費は右金額を上回る趣旨の供述部分があるが、右供述部分は雇人費についておおよその見当を述べたものであって、これから年間の雇人費の総額を算出することはできないし、証人下妻信行の証言および前示乙第一五号証の記載に照らしてもにかわには採用しがたく、ほかに右認定に反する証拠はない。

(2) 支払利息および割引料

原告が昭和四〇年中にその取引先である金融機関に支払った利息および割引料が被告主張のとおり計金一〇万一六七六円であることは当事者間に争いがない。

そうすると、原告の昭和四〇年分の所得金額は収入(売上)金額金九四〇万八三五五円から一般経費金四八三万一五六六円、特別経費金二七三万四六七六円(雇人費、支払利息および割引料の合算額)を差し引いた残額金一八四万二一一三円である。

ところで、被告は、原告の新潟信用組合からの昭和三九年三月二三日付手形貸付による金三四万円の借受金に対する支払期日の翌日である同年六月一五日から元金完済の日である昭和四〇年一一月一五日までの遅延損害金八万四五九九円のらち、金五万二五九九円について同信用組合が元金完済の日に権利放棄をし、原告においてその支払いを免れたのであるから、右金五万二五九九円は原告について発生した雑収入として所得金額に加算すべきであると主張する。しかしながら、右遅延損害金はもともと特別経費(支払利息および割引料)として、原告の所得金額を算定する過程で収入(売上)金額から差し引かれるべき性質のものであり、一旦、これについて右のような計算方法を採ったうえで、現実にはその支払をしないで済んだことを根拠にこれを雑収入とみて所得金額に加算するのなら一つの合理的な計算方法として是認できるけれども、本件においては、右遅延損害金は所得金額を算定する過程で収入(売上)金額から差し引かれるべき特別経費(前同)からはじめから除外されているのであるから、その支払を免れたことによる利益に相当する分は算出された所得金額中にすでに含まれ(その分だけ所得金額が多くなっている。)ているというべきであり、本件において、被告主張のような計算方法を採ることは結果的に右利益相当分を二重に所得金額に加算することになり明らかに不合理である。

また、一方、原告は、昭和四〇年中に前年の、いわゆる新潟地震で被害を受けたその所有の貨物自動車二台を売却処分し、その結果、その主張のとおり譲渡損(雑損失)が発生したと主張するが、この点に関する原告本人の供述はおおまかなものであって、これからでは右譲渡損の発生の有無およびその数額を正確に把握することはできず、ほかに売却した自動車の購入価格、売却時の残存価格および売却価格等、右譲渡損の発生の有無およびその数額を把握するための基礎的事実を明らかにするに足りる証拠はない。

以上の次第であるから、被告が原告に対してした本件課税処分のうち原告の昭和四〇年分の所得金額が金一八四万二一一三円を超える部分に関する部分は違法であり、取消しを免れない。

三  ところで、本件課税処分に先立ち、新潟税務署の係官が原告について税務調査を実施したことは前述のとおりであるところ、原告は、この税務調査は原告が新潟民主商工会の会員であることに着目し、民主商工会の組織、活動を弾圧するためその一環としておこなわれたものであるから、「結社の自由」を保障する憲法二一条に違反し、これによって得られた資料に基づく本件課税処分は違法であると主張する。しかしながら、原告について昭和四〇年中に前述したような所得があった事実が存在する以上、原告はこれについて所得税の納税義務を免れるものではないのであり、仮に新潟税務署が原告を税務調査の対象者に選定するについて原告が新潟民主商工会の会員であることを考慮したとしても、このことが直ちに本件課税処分を違法にするものではないと解するのが相当である。

四  よって、原告の本訴請求は以上説示の限度で理由があるからその範囲で正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柿沼久 裁判官 大塚一郎 裁判官鈴木ルミ子は差支えのため署名押印できない。裁判長裁判官 柿沼久)

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